デジタルプロダクトの競争が激化する近年において、「ユーザーに長く使い続けてもらうにはどうすれば良いのか」と悩む担当者の方もいるのではないでしょうか。初回の購入やインストールまでは順調でも、その後の継続利用やリピート購入に繋がらず、広告費だけが膨らむケースも少なくありません。費用をかけて獲得したユーザーがすぐに離脱してしまう状況は、サービスを提供する企業にとって避けなければならないものです。本記事では、顧客との関係を長期的に維持し収益を最大化するLTV(ライフタイムバリュー)について解説します。また関連して、UX向上施策がLTV上昇に大きく起因している点についても解説します。本記事を最後までお読みいただくことで、LTVを高める重要性を感じることができるかと思います。 1.LTV(ライフタイムバリュー)とは 1-1.LTVの概要/定義 LTVとは、ある顧客がサービスを初めて利用してから関係が終了するまでの間に、企業が得られる総利益を金額で示した指標です。単なる売上合計ではなく、粗利や解約率などを考慮して算出するため、マーケティングやプロダクト開発の投資判断に直結します。LTVは、顧客を単一の取引ではなく「ライフサイクルの中で継続した関係性」として捉える点が特徴で、サブスクリプションモデルやEC/アプリ内課金など幅広いビジネスで活用されています。 大きな特徴として、顧客満足度やブランドロイヤルティの定量化にも用いられ、UX改善の効果を経営層に説明する裏付けデータとして重宝されます。さらに、この指標を深掘りすることで、全社でKPIを統合し共通言語としての役割を果たすこともあります。すなわち、経営陣から現場のデザイナー、マーケターまでが同じ数字を見ながら議論できる環境を構築できる指標といえます。 1-2.LTVが注目される理由 LTVは近年注目を集めている指標です。理由としては、「いかに既存顧客からの収益を最大化するか」が近年重視されているためです。ただでさえ新規顧客獲得は既存顧客維持に比べて難しい上、人口減少・広告単価の高騰・コモディティ化といった昨今の状況が重なり、新規顧客獲得は既存顧客維持と比較して約5倍のコストかかってしまうと言われています。こうした背景から「いかに既存顧客からの収益を最大化するか」が近年の重要課題となり、LTVが経営指標として注目されている状況です。実際に、投資家や金融機関もLTVとCAC(顧客獲得コスト/※後述いたします)のバランスを評価指標として注目しており、資金調達や企業価値算定の場面でも欠かせない指標となっています。 1-3.ビジネスにおけるLTVの役割/活用 LTVを活用することで、マーケティング費用の上限設定やUX改善の優先順位を合理的に決定できます。例えば、LTVが5万円の顧客セグメントに対しては、1万円まで広告費を投下しても黒字が見込めると判断できます(※計算式は後述いたします)。また、LTVの高い顧客が利用している機能や導線を分析することで、改善すべきUXポイントを特定しやすくなります。あるグローバルEC企業A社はLTV分析を基にUIのカート導線を改善させることで、平均購入単価を15%向上させた事例も存在します。LTV視点での改善は数字として効果が表れやすく、社内の合意形成のしやすさや企業価値向上に大きく貢献します。 2.LTVと混同されやすい指標との違い 2-1.CAC(顧客獲得コスト)との違い CACとは、新規顧客を獲得するために投下した総費用を獲得人数で割った値です。このCACは投資の効率性を示す指標ですが、単体ではビジネスの持続性を測れません。一方で、LTVは顧客から将来的に得られる利益を示すため、CACと組み合わせることで「顧客を獲得すべきかどうか」について判断できます。LTVがCACを上回る場合にはその獲得活動には経済合理性がありますが、逆であれば戦略の見直しが必要です。両者を同時にモニタリングすることで、短期的な成長と長期的な収益性のバランスを最適化できます。 2-2.ARPU・ARR・ROI などの指標との関係性 ARPU(Average Revenue Per User)はユーザー一人当たりの平均売上を示し、ARR(Annual Recurring Revenue)は年間の経常収益を示します。これらの指標はある期間の収益性を把握するのには有効ですが、顧客がどれだけ長く継続するかは考慮されていません。ROI(Return on Investment)は投資対効果を示しますが、期間や顧客行動の差異を反映しにくいです。LTVは「時間軸」と「顧客単位」を組み合わせた指標であるため、ARPUやARRを補完し、ROIをより精緻に評価する材料として機能しています。 3.LTVが高い状態・低い状態とは 3-1.LTVの構成要素 LTVは一般的に【ユーザーの一回当たりの平均購入単価】【粗利率】【ユーザーの年間の購入頻度】【ユーザーの継続利用期間】の掛け合わせで算出されます。平均購入単価は価格調整やバンドル提案(複数の商品やサービスを組み合わせてセットで提供)によって変動します。粗利率はサーバーコストや決済手数料などの原価構造最適化で改善が可能です。購入頻度はプッシュ通知やメールマーケティング、アプリ内のリコメンドエンジンを有効活用させることで改善が可能です。継続期間は初回利用時のチュートリアル体験のUX向上やその後のサポート体制の充実度に左右されます。 上記で挙がった要素は、そのどれもがUXの改善と密接に繋がっています。そのためUX向上は、LTVを向上させる大きなトリガーになり得るのです。 3-2.LTVが高い状態の顧客・プロダクトの特徴 LTVが高い顧客の特徴としては、サービスへの再訪率が高い/リピート購入率が高い等があります。ユーザー個人に特化したカスタマイズ性やユーザーフレンドリーな機能がユーザーの課題解決に直結し、ユーザー自身が競合サービスへスイッチする必要性を感じていないという状況です。こうしたユーザーはNPS(ネットプロモータースコア)が高く、口コミで新規顧客を連れてくる「推奨者」にもなり得ます。 こうした顧客へのインタビューや行動ログ分析といった調査は、LTVを高める要素を見出すという点で非常に有用であり、定期的な調査を通してナレッジを貯め継続的な改善に繋げていくことが重要です。 3-3.LTVが低い状態の顧客・プロダクトの特徴 一方でLTVが低い顧客の特徴としては、チュートリアル後のサービス利用頻度が、サービス側が想定した回数と比較して大幅に満たない等が挙げられます。「操作が面倒な記憶があるためサービス利用にハードルを感じる」「期待した価値を感じられない」といった声が目立ってきます。こうした顧客は、価格弾力性が高く少しの値上げでも離脱に繋がることが特徴です。またサービスにアクセスする習慣がそもそも少ない顧客も存在します。こうした顧客に対しては、定期的にアクセスしたいと思わせる情報発信が必要です。 このような特徴の顧客が想定以上に存在した場合は、チュートリアル設計や継続的な利用を促進する施策が不足していることが示唆されており、インタビューや行動ログ分析といった調査を通して早急に改善する必要があります。 3-4.LTVが低い際に現れる兆候とリスク LTV低下の初期兆候としては、日次・週次のアクティブユーザー数(DAU/WAU)の減少や、平均セッション時間の短縮が挙げられます。継続的にサービスに触れる必要性を感じない、サービスに触れることに抵抗があることが主な原因です。 また、カスタマーサポートへのネガティブな問合せが増加する、顧客満足度スコアが下がるといった場合、サービス解約の前触れであることが多いです。この段階で適切なUX改善を行わないと、ネガティブな口コミが拡散し、CACがさらに上昇する悪循環に陥ります。その場合、最終的には広告投資の回収が難しくなり、事業継続リスクが高まってしまいます。 4.LTVの計算方法 4-1.平均購入単価 × 粗利率 × 年間の購入回数 × 継続年数 LTVの最もシンプルな計算式は【ユーザーの一回当たりの平均購入単価×粗利率×ユーザーの年間の購入頻度×ユーザーの継続利用期間】です。たとえば、平均購入単価が5,000円、粗利率が60%、年間購入回数が4回、継続年数が3年であれば、LTVは5,000 × 0.6 × 4 × 3 = 36,000円となります。「粗利率」を掛けることで、売上ではなく利益ベースで評価できます。利益で見ることで、広告費や人件費を含めた本質的な投資判断が可能になります。また、平均購入単価や購入回数はUI/UX改善の影響を直接受けるため、LTVを高めるためにも、定点的な効果測定を継続しUX向上を目指すことが重要です。 5.UX向上を通してLTVを向上させるには 5-1.ユーザーリサーチを通して顧客のペインポイントを改善する LTVを伸ばす第一歩として、顧客のペインポイントを正確に把握し課題を解決することが重要です。定性的・定量的なインタビュー・アンケート・ヒートマップの三点セットでの顧客理解を実施していきます。例えば、「入力フォームの住所入力欄での離脱が多いのではないか」という仮説があり、その後のインタビューやアンケートから「郵便番号から自動補完されず面倒なため入力をやめる」という洞察を得て、さらに画面改善後の一定期間でクリックヒートマップやセッションリプレイといった行動データを得ることで実際に効果があったのかを測るとった流れをイメージしていただけると良いでしょう。このような改善が積み重なると、離脱率が低下し継続年数が伸び、LTVが底上げされます。 関連記事:定性調査と定量調査でUI/UX改善を成功に導く方法5-2.チュートリアル段階のUXを向上し初期離脱を防ぐ アプリにおいては、初めての起動から3分以内に40%以上が離脱するというデータも存在します。ユーザーがサービスを初めて利用するチュートリアルは、この“魔の3分”を乗り越えるためにできる限り良い体験を提供しなければならないフェーズになります。ポイントは①プログレッシブディスクロージャー(必要なタイミングで情報を小出しにする手法)を用いた最小限の必須ステップ設定、②操作しながら学べるインタラクティブな形式、③スキップ機能と再度閲覧できる自由度の担保、の3点です。実際にこれらのポイントを実践したとある動画配信サービスでは、翌日にリテンションが20ポイント改善し、3ヶ月後のLTVが1.4倍になりました。初期体験を磨くことは、継続年数の上限を引き上げる投資と捉えると良いでしょう。 5-3.パーソナライズ体験によりエンゲージメントを強化する ユーザーの行動データをもとにレコメンドやプッシュ通知をパーソナライズ化することで、サービスに対するエンゲージメントが向上し、平均購入単価や購入頻度を高めることができます。よくあるパターンとして、ECサイトにおいて閲覧履歴から関連する商品を提案する、SaaS上で利用頻度の高い機能をナビゲーション上位に配置する等が挙げられます。ただし闇雲なレコメンドには注意が必要です。重要なのは、「適切な頻度と文脈で提案する」ことです。ユーザーがコントロールできる設定画面を設けることや、時にはエンゲージメントスコアが一定以下のユーザーには配信を抑制しオプトイン・オプトアウトの導線を明確に示すことでプライバシーと利便性のバランスを保つことも重要になります。 5-4.マイクロインタラクションと通して購入頻度を増やす マイクロインタラクションとは、ボタンを押した瞬間のアニメーションやスクロール時のフィードバックなど、数百ミリ秒の小さな動きのことです。購入ボタンを押した際のアニメーションや、達成バッジの演出など、短時間で完結するマイクロインタラクションを通して、ユーザーは無意識に「反応が速い」「デザインが洗練されている」と感じブランド好感度が向上することがあります。例えば、ECサイトで「カートに入れる」ボタンを押した際に商品サムネイルがカートアイコンに吸い込まれるアニメーションを挿入したところ、購入完了率が数%向上した事例もあります。こうした体験からアプリを開く回数や購買行動が増え、結果的に購入頻度と継続期間が延び、最終的にLTVを押し上げていきます。 5-5.データドリブンなUX施策のPDCA運用(CRMを活用する) UX施策は一度やって終わりではなく、PDCAサイクルを回すことが重要です。その際は、CVRやアプリ起動回数などの短期KPIと、LTVなどの長期KPIを併用することで、施策の短期的成果と持続的インパクトを同時に評価できます。例えば、A/Bテストで決済ページのレイアウトを変更してCVRが+5%になった場合は、その効果をLTVの基本式に代入して年間インパクトを金額換算することで社内での合意形成を行いやすくなります。その際に、CRM(顧客関係管理:顧客との関係性を管理・改善することで顧客満足度や売り上げ向上を図る経営手法)にテスト結果を自動連携してユーザーデータを一元管理し、改善案を反映次第、即座にKPIの達成度合をモニタリングできる仕組みを構築することで、効率的にPDCAサイクルを回すことも可能です。データドリブンな施策を通して、長期KPIであるLTVを効果的に高めることが重要です。 6.まとめ 6-1.LTVを高める重要性 ここまで述べたように、LTVはサービスひいては企業の長期的な収益性を測る最重要指標の一つに位置付けられています。短期的な売上指標だけを追うとどうしても広告費が膨らみ、結果として利益率が低下してしまうことがしばしば発生します。しかしLTVを軸に据えると、顧客との長期的な関係を重視し、獲得・育成・維持に必要なコストを適切に配分できます。また、投資対効果を数値で示せるため、開発予算やデータ基盤への投資について経営層の理解を得やすくなるという利点もあります。 6-2.UXがLTVを伸ばすカギ こうしたLTVという長期指標を効果的に高めるためにも、UX向上施策を継続的に実践することが重要です。UXは平均購入単価・購入頻度・継続年数というLTVを構成する全要素に影響を与えます。ユーザーリサーチで課題を特定し、初回利用におけるチュートリアルを最適化し、パーソナライズとマイクロインタラクションでエンゲージメントを高め、データドリブンで改善を回す――これらを継続的に行うことで、LTVは着実に伸びていきます。ぜひ本記事を踏まえてUX向上施策からLTVの底上げを目指してみてください。